人間社会のタブーが明かされる。橘玲「もっと言ってはいけない」を要約してみた

スポンサーリンク
スポンサーリンク

橘玲「もっと言ってはいけない」を世界一わかりやすく要約してみた

本作は、大ベストセラー「言ってはいけない残酷すぎる真実」の続編です。

前作の「言ってはいけない残酷すぎる真実」の中で、「知能・精神疾患・犯罪は遺伝する」と書かれていました。

そして橘玲さんは「そんな本は絶対に出せない。そんなことを書いたら大変なことになる」と警告されたそうです。

それは納得できる話で、日本で賢いとされる大人たちは都合のいい話をして好感度を得て、大衆に分かりやすい話しかしません。

しかし実際に前作を読んだ人からは「救われた」「ホッとした」という多くの感想が寄せられたそうです。

遺伝子が僕らの体型や性格を決定するという信念のことを「遺伝決定論」といいます。

環境によって私達は形作られるという信念を「環境決定論」といいます。

環境決定論の人たちは「遺伝子ですべてが決まるわけがない。環境が大事なんだ。」と遺伝決定論を批判します。

遺伝決定論を批判する人たちは、どのような困難も「本人の努力や親の子育て、周囲の大人たちの善意で乗り越えていける」という頑固な信念を持っています。

本人や子供が、どれほど努力しても改善しない場合はどうなるのでしょうか。

そのような場合に環境決定論者は「それは努力しているつもりになっているだけで、努力が足りないんだ。なぜなら困難は意志の力で乗り越えられるはずだから。」と主張します。

環境決定論者は、努力によって困難は乗り越えられ自分の努力次第で欠点は変えられるという「美しい物語」にすがっています。

そのため、自分に都合の悪いデータや真実を見ようともしません。

行動遺伝学は遺伝の影響が身体的な特徴だけでなく、心にも及んでいることを明らかにしました。

すべてが遺伝で決まる訳ではありませんが、私達が思っているよりもその影響はずっと大きいです。

そして精神疾患の場合は、病状が重いほど遺伝率が高くなります。

具体的には、統合失調症は82%、双極性障害は83%、ADHDは80%の遺伝率となっており、身長の遺伝率が66%、体重の74%と比較すると明らかに高いです。

日本のメディアではこのような残酷な真実は言いませんが、欧米では一般読者向けの本にも書いてあり、差別かどうかの議論にもなっていません。

遺伝の影響を「一切認めない」日本の現状が異常なのです。

現代の遺伝学が明らかにしたことは、「どんなに努力してもどうしようもないことがある」という当たり前の現実です。

例えば自分の子供が授業を座って聞くことができず、学校に迷惑をかけているとしましょう。

このとき両親は、学校の先生や他の親から「育て方が悪いからだ」と陰口を言われるかもしれません。

しかし先ほど申し上げたように、ADHDの遺伝率は80%なのです。

つまり子育ての影響はほとんどありません。

「努力で変えられないこと」を「努力で変えられるはずだ」と決めつけることは、極めて危険な発想で、「努力で変えられない人」を深く傷つけます。

ではなぜ橘玲さんは、言ってはいけないことを言い続けるのでしょうか。

それは本当のことを隠して綺麗事だけを言っていても、世の中が良くならないからです。

SNSを見れば、一般人が様々な社会問題について「努力が足りない。親の子育てが悪い。」と言っています。

テレビをつけると、教育論や政策について様々な専門家が議論をしています。

議論をするならば、正しい前提が必要です。

日本では遺伝の影響を議論することがタブーとされていて環境決定論が前提となっているため、その前提から導き出される解決策は役に立ちません。

真実に基づかない議論は、時間の無駄でしかないのです。

そして真実に 基づかない解決策を実行するのも、人件費や税金の無駄使いとなります。

どれほど辛くとも、真実を真実として認めることが必要です。

日本語の読めない大人達

皆さんPIAACという調査をご存知でしょうか。

これは信頼性の高い大規模な調査で、「読解力」「数的思考力」「IT を使った問題解決能力」の3分野におけるスキルの習熟度を測定したものです。

この3分野は一般的に社会生活において求められる能力であり、その調査結果は以下の驚くべき内容でした。

  1. 日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない。
  2. 日本人の3分の1以上が、小学校3〜4年生の数的思考力しかない。
  3. パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は、1割以下しかいない。
  4. 65歳以下の労働人口のうち、3人に1人がパソコンを使えない。

この結果を見て、どう思いましたか?

「いやこんなバカなことがあるはずない」と思ったことでしょう。

しかしこれはOECDの依頼を受けた公的機関が実施した信頼できる調査結果であり、それを疑わしいと感じるのはあなたが知能の高い人々の集団の中で生活をしているためです。

日本はじめとした先進国では「知能格差」が叫ばれていますが、日頃から本を読んでいる人は一般的に知能レベルの高い集団に属しているため、日本人の3分の1が日本語を読めないという現実に驚くかもしれません。

しかしこれは真実なのです。

また調査結果を見て「こんな状態で仕事ができるのか」と思いませんでしたか?

今まで問題にならなかった理由は、知能が低くてもできる仕事が沢山あったためです。

バカでもできる仕事という意味ではなく、近年の脳科学は「無意識」も知能を持っており、それはある領域では「意識を超える」ことを明らかにしています。

ちょっと難しい話になるので、具体例として「アイオワギャンブル課題」という実験を考えてみましょう。

「アイオワギャンブル課題」では、テーブルの上に4つのカードの山が置かれ、参加者は何の情報も与えられずに順番にカードを引きます。

AとBの束のカードは「大儲けする」か「大損する」であり、ゲームを続けていれば「全体としては損をする」仕組みになっています。

CとDの束のカードは「儲けも損も小さいが、続ければ確実に儲けられる」設定になっています。

驚くべきことに参加者のほどんどは4つの束すべてを試しているうちに、CとDの束からカードを引いてAとBの束のカードを避けるようになったのです。

そして参加者は「なぜ自分がそのような選択をしたのか」を説明することができませんでした。

研究者は原因を解明するため、被験者の皮膚電動反応を調べました。

皮膚電動反応とは、指先などのわずかな発汗のことです。

すると参加者がAやBの束からカードを引こうかとこう迷っているときに、皮膚電動反応に増加が見られました。

これは緊張や警戒の合図で、何らかの方法で脳から指先に「この選択は間違っている」という信号が送られたことを示しています。

そしてそれが再び脳にフィードバックされ、「危険なカードを避ける」という選択をしたのです。

つまり分かりやすく言うと、意識がカードの違いに気づく前に、無意識はAとBの束が危険であることを、「直感」によって知らせたのです。

なぜ私達はこのような「直感」を持っているのでしょうか。

それは進化の背景を考えれば分かります。

危険な環境で生き延びより多くの子孫を残すために、脳は世界を正確に評価し瞬時に判断しなければなりません。

私たちの意識はどれが一番良い選択なのかを見つけ出す際には、選択肢が多くて困ることがあります。

例えば虎が現れたときに「逃げるか、闘うか」と迷っていたら食べられてしまいます。

だからとっさの判断によって「逃げるか、戦うか」を選択して、時間を短縮しなければ生き残ることができませんでした。

このように進化は「直感を研ぎ澄ませること」を私達に求めたのです。

この無意識の知能を「暗黙知」と呼ぶことにしましょう。

そして多数の労働者が複雑な作業を行う工場でも、かつてはこの意識できない職人の知恵が重要な役割を果たしていました。

要するに私達は日本語が読めなかったりパソコンが使えなかったり、数学の能力が低かったりするわけですがそれでも今まで問題にならず仕事ができていたのは、直感という「暗黙知」を持っていたためです。

それならばこれからも「暗黙知」に従って仕事をすればいいと思われるでしょうが、そうもいかなくなってきました。

知識社会が高度化するにつれて、職人の知恵はマニュアル化され、アルゴリズムに置き換えられていきました。

マニュアルさえあれば労働者はマニュアルに従って作業すればいいだけですから、人件費の安い新興国に工場を作った方が利益は大きくなります。

さらにプログラム化できる仕事は人間を雇う必要がなくなり、機械に24時間365日にやらせることが可能になりました。

つまり今まで暗黙値に頼っていた仕事が機械化されることによって、暗黙知に頼れる仕事がなくなっているのです。

「なんとなくこうじゃないか」と直感でやっているより、機械が正確にやったほうがいいので、暗黙知はどんどん機械に置き換えられていきます。

AIなどのテクノロジーの急速な進歩によって、労働者が要求される知能のハードルはますます上がり続けています。

そして高度な知識社会では、それに適応できない人たちが沢山でてくることは必然です。

僕らが今生きている知識社会に適応した人々は、成人人口のおよそ13%しかいないことが調査により明らかになっています。

つまり人口の87%は、程度の差はあれど適応できていないことになります。

大半の労働者は知的作業が要求するスキルを満たしておらず、それが私達の生きている世界の真実なのです。

テクノロジーの発達によって知識社会になっており、富の格差が大きくなっています。

それはビル・ゲイツ のような巨万の富を持つ人と、その他大勢の貧乏人という図式です。

ビル・ゲイツほどではなくても知識社会に適用できるがどうかによって、大きな収入の格差が生まれます。

13%しか知識社会に適応できていないのですから、1割の富裕層と9割の貧困層に分かれるのは明らかです。

ではこんな悲しい現実で、私達はどのように対処していけばいいのでしょう。

残念ながら解決策まだ見つかっていません。

世界中が格差をなくす努力や政策を試みていますが、格差というのは広がり続けています。

これが残酷な真実なのです。

日本人はひ弱な蘭

アフリカ系やヨーロッパ系の人々と比べて、私たち日本人は不安感が強いイメージがありませんか?

アフリカ系ヨーロッパ系の人々は、底抜けに明るい感じがしますね。

それに対して日本人は、不安感が強そうな感じがします。

なぜこのような違いがあるかというと、セロトニン運搬遺伝子に違いがあるためです。

簡単に説明しますと、セロトニン運搬遺伝子は「セロトニンの量」を決める遺伝子です。

そしてその方には「LL型」「SL型」「SS型」の3つの種類があり、LL型が最もセロトニンの量が多く、SL型が次に多く、 SS型はセロトニン量が一番少ないです。

セロトニン量が多ければ多いほど楽観的になり、少なければ不安感が大きくなります。

そして日本人は、SS型が65.3%、SL型が30.7%、LL型が4%となっています。

これがアフリカ系やヨーロッパ系と比べて、日本人の不安感が大きい理由です。

日本人の大半が持っている「S型」のセロトニンの遺伝子は、不安感を強めるというよりも、ポジティブとネガティブな刺激の両方に強い感受性を持つ遺伝子だと判明しました。

要するに日本人は敏感なのです。

このことを現在の進化論はアフリカ系ヨーロッパ系の人々を「たんぽぽ」、日本人を「蘭」に例えて説明します。

タンポポはストレスのある環境でもたくましく育ちますが、その花は小さく目立ちません。

蘭はストレスを加えられるとすぐに枯れてしまうものの、最適な環境では大輪の花を咲かせます。

つまり日本人は特定の環境では大きな幸福感を得ることができるが、それ以外の環境ではあっさりと枯れてしまう「ひ弱な蘭」なのです。

不安感が大きくて敏感なので大切に育てられれば大輪の花を咲かせますが、悪い環境で育つとあっさり枯れてしまいます。

ここから日本人が取るべき戦略が分かります。

それは「咲ける場所に移りなさい」ということです。

嫌な上司の下やブラック企業にいると、日本人は敏感なのですぐに枯れてしまいます。

遺伝的な特性を認識し、自分が花を咲かせられる場所に移るしかないのです。

私たち「ひ弱な蘭」は、どこででも花を咲かせられるような遺伝子には設計されていません。

嫌われる勇気を持って、今いる環境でなんとか頑張ろうとするのは間違ってます。

嫌われる勇気なんて持たなくていいから、自分が咲ける場所を探してそこに移るべきなのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました